旅先でのトラブルは、後になると思い出になる。
はじめての海外旅行は、会社の先輩に誘われて、女4人で
バリ島へ。先輩KさんとNさんは、学生時代からの友達で、観光地化されていない時代から、バリ島には年に1~2度行くほどで、特にKさんは、一人でも海外へ行くような猛者なので旅のリーダーで、ホテルや飛行機から何から何まで、お金を払うだけでまかせっきりだった。
Kさんが、前に行った時に知り合ったガイドさん(正式なガイドさんではない)ボギーが、今回も案内してくれるらしいので、安心。
まず空港にボギーが車で迎えに来てくれて、ホテルへ着いて荷物を置いたら、行動開始。
穴場のビーチへ。泳ぐことはないけど、パラセーリングしたり、アタのカゴとかバティックの買い物をしたいというと、地元の店に連れてってくれて、食事も連れてってくれるので、お土産以外の食事とか移動代は、ボギーが出してくれるのでラクチン。
まぁお金はまとめて払うらしいが、ガイドさんというより、現地の友達という感じで接してくれる。
私は、ポンキーという同い年の男の子と気が合い、片言の英語と片言の日本語で会話するのが楽しかった。
レコード屋に行きたいと、先輩たちと別行動で、ポンキーに連れてってもらうが、その当時はレコードよりもカセットが多かった。
周りを見渡すと、欧米系外国人のお客さんばかり・・・ポンキー曰く、不法滞在の外国人が多い地域らしく、ここは危ないので、帰ろうと言われて、慌てて帰ったり。
最後の夜は、クラブ?ディスコに行こうと出掛ける。夜中というか朝方に飛行機に乗るので、ホテルを出るのは、真夜中だった。
あまりに疲れたのか、2人づつ部屋は別れてたので、私とY先輩は、泥の様に寝込んでいたのか、掛けていた目覚まし時計も気がつかず、起こしに来てくれた先輩2人がドアをどんどん叩く音と声でやっと目が覚めた。
出発する予定の時間に、ロビーに出てこないので、『ひょっとしてレツゴーとYは、まだ寝てんちゃう?』と。
夜遅くまで遊んで部屋に戻ったので、すぐに寝てしまって、スーツケースに荷物の整理もせずだったので大慌て。
KさんとNさんは、私のパッキングを手伝ってくれて、30分後になんとか部屋を出られた。
空港に向かう車の中で、K先輩とN先輩は、Y先輩に激怒!Y先輩は、私より一回り上で、しっかりせんなアカンのに、レツゴーちゃんが寝る前に荷物のパッキングもさせずに寝させたと、激怒。
Y先輩自身もパッキングしてへんし、私が片づけようとしてたら、『ちょっと早く起きてから、スーツケースに入れたらいいわ』と言われたような気がする。同じ部屋で、電気点けてガサゴソされるのが嫌だったんやろけど・・・
K先輩とN先輩は、だから私のパッキングだけを手伝ってくれてたんや・・・車の中で、私は泣きながら平謝りしてたけど、Y先輩は、『眠たかってんもん~』などと、謝らないので、余計に二人の先輩は怒って、泣く私に『レツゴーちゃんは悪ないよ~』と慰めてくれた。初めての海外旅行ということで疲れてたんやろと。
なんとか無事に空港に着き、ボギーやポンキー達と別れて、無事帰途に着いた。
あの当時、スマホはおろか、パソコンもまだ普及してなかったのに、K先輩とボギーはどう連絡を取っていたのか不思議。
手紙?国際電話?ボギーもポンキーも、名刺をくれたけど、書いてなかったので、『あだ名なの?』と聞くと、バリ島の島の人には、姓?名字はないとか言ってたなぁ~ほんまかな?
その後、バリ島に行く機会もなかったけど、10年後くらいに姉と行くと、姉もバリ島を気に入り、その後何度か行った。
その2度目かの時に、現地ガイドが帰りに迎えに来ないというトラブルがあったけど、なんとか飛行機にも間に合い、事なきをえたけど、その時のええかげんな現地ガイドを雇っていた、H〇Sは、二度と使ってない。
スーツケースへのパッキングは、帰国の前日にキッチリやっておくのは、身についたのは、はじめての海外旅行の教訓から。
右が、ガイドしてくれたボギー、元気かなぁ~私が50代になったんやから、もうボギーは60代?!